22.9.15

生と死とについて。


ぺぺ:人間ってどうしても自分の意見に有利なものを集めたがっちゃったりだとか、自分の意見が正当化されるような情報ばかり見るようになっちゃったりだとか。

みやぎ:あー、はいはい。うんうん。

ぺぺ:てなっちゃうとさ、違った方向に行っちゃう気がするんだよね。

みやぎ:そうだよね。しかも、今はネットが発達したから自分に都合のいい情報を集められるんだよね。

ぺぺ:そうそう。まさに。

みやぎ:それが、心理学かなんかの用語で「確証バイアス」っていう言葉があって、一回自分で「こう」って決めちゃうと、その自分の考えに有利な情報を集めちゃうってことがやっぱりあるらしくて。

ぺぺ:うんうん。

みやぎ:それはネットが発達したからどんどん加速しちゃってる。その方向に行っちゃうのはあると思うね。

ぺぺ:そうだよね。だから“一元論”になっちゃうんだよね。

みやぎ:うんうん。

ぺぺ:今年は戦後70年。その70年前はどんなときかっていうと、(大体)明治維新のころなんだよね(正確には、激動の江戸末期にあたるのは1865年頃から)。

みやぎ:あー、なるほどね。もう一個前か。

ぺぺ:国が動くというか、そういうところではあるのかもしれないよね。

みやぎ:うん。

ぺぺ:でもやっぱり、戦争はあっちゃいけないよね。なんで戦争があっちゃいけないかって言ったら、さっきも言ったように人が死ぬからじゃない。

みやぎ:うん。本当にそう。正直。

ぺぺ:そこに尽きるわけだよね。一番大事なところってそこだからさ。

みやぎ:うん。本当に。まあ確かに、第二次世界大戦とかのおかげで技術的にはかなり進歩したことはいっぱいある。

ぺぺ:うん。戦争ってそういう側面があるよね。

みやぎ:うん。だけど、特攻に向かう日本兵の手記とかあるじゃん。ああいうの読んでると、なんか自分と同じ年なのにここまでこんな考えてるのかって人いっぱいいるし、そういう人たちが死なずに生きてたら今よりもっといい時代があったのかもしれないっていうのもあるし。

ぺぺ:うん。そうだよね。なんかやっぱり、ああいう死に方はしちゃいけないよね。終わりなんだもんだって死んだら。

みやぎ:うん。本当そう。

ぺぺ:それでも人は必ず死ぬんだけどさ。

みやぎ:うん。

ぺぺ:不思議なところではあるんだけどね。どうせ死ぬんだから一緒じゃねぇか、って言われたらさ、まあそうなんだけどって...

みやぎ:確かにね。ちょっと前に売れた本で『どうせ死ぬのになぜ生きるのか』(名越康文 著)っていう本があって、確かになって。

ぺぺ:あー、面白そう。本当にそうなんだよね。それでみんなもがき苦しむじゃない。死ねばいいのに。(笑)

みやぎ:ははは(笑)

ぺぺ:極端なことを言えばだよ。乱暴だけど、本当にそういうことで。苦労しながら生きてさ、絶対に死ぬんだから。人間って。今まで死ななかった人はいないし。でも、やっぱり生きることに理由があって、だからこそ面白いんだろうしね。死ぬから面白いんだろうしね。

みやぎ:うん。それはあるよね。絶対に。

ぺぺ:うん。永遠生きたくはないよね。

みやぎ:それはね、きついと思う。

ぺぺ:長生きはしたいけど、永遠生きたいとは思わないよね。

みやぎ:それはある。うん。

ぺぺ:こういったことを、考えなくてもいいけど常に持っておくっていうのも、楽しくなるコツかもなって気もするんだよね。

みやぎ:たしかに、高校とか大学も卒業が近くなってなんか楽しくなってくるみたいな。終わりをちゃんと意識してるから、「アレもやんなきゃコレもやんなきゃ」っていうのがあって。それって1年生の時には全然感じない感覚なんだよね。

ぺぺ:そうなんだよね。

みやぎ:やっぱり、終わりがないと得られない感覚ってあると思う。

ぺぺ:そう。そういうのはあるのかもしれない。

みやぎ:それを今早めに得られる方法はないのかなってオレは思ってるんだけど。

ぺぺ:うんうん。

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