31.12.16

私の本棚 ~2016年 出会った本~


イルミネーションのきらめく聖なる夜が早々と過ぎ去り、良きにしろ悪きにしろ、さまざまな出来事とともに幕を閉じようとしている2016年、年の瀬。市井の人々もあわただしく、しかし新たな年を迎えられる喜びを両手いっぱいの正月飾りとともに抱えながら、師走の寒空の下を足早に行き交います。

パワーみなぎる『成り上がり』から始まった今年の読書も、あっちへ行ったりこっちへ行ったり落ち着きのない、しかしその場その場で素敵な出会いのある彩り鮮やかなものでした。
今日はその中から今年の本五選をご紹介。それではさっそく一冊目です。





映画「トイ・ストーリー」、「モンスターズ・インク」、「カーズ」など数々のヒット作を生み出してきたピクサー・アニメーション・スタジオの共同創設者であるEd Catmull氏の著書。
ピクサーの成り立ち、作品が出来上がるまでのプロセスなど、ピクサーファンなら誰もが知りたいこれらことを題材にして、人に最大限力を発揮させる著者の考え方が、丁寧に明確に書かれています。
マネジャーとしてどのように創造的なプロセスを守っていくのか、優れたマネジャーとは、アイデアとスタッフとどちらが大事か、など“人の上に立つ人”にはたいへん興味深い考え方が述べられていて、そしてその多くが参考になることと思います。
また、「失敗」との付き合い方について書いてある箇所は、私にとってとても印象的でした。
仕事での場面だけでなく、普段の生活、人との付き合い方などを考えるうえでも非常に役に立つ素敵な本です。





二冊目は獅子文六作の『コーヒーと恋愛』。いつものごとく書店をぶらぶらと歩きまわり、文庫本コーナーでふと目にとまった本。後から調べてみると、今ちくま文庫では獅子文六が売り出し中らしい。ものの見事に出版社の術中にはまったわけですが、はまる価値おおありです。
元々は『可否道』の名で1962~1963年に読売新聞に連載され、1969年に『コーヒーと恋愛(可否道)』と改題されて角川書店より文庫化された本書。それ以降は長らく古書店でしか手に入らなかったようです。
まだテレビの新しかった昭和三十年代が舞台のこの小説は、美貌は持たぬが茶の間から愛される43歳のテレビタレント坂井モエ子が主人公。彼女はまたコーヒーを淹れる腕前がピカイチ。そのコーヒーが縁で生活を共にするのは、演劇に情熱を注ぎテレビ嫌いで一文無しの塔之本勉、通称ベンちゃん。彼の「生活革命」からはじまるドタバタ劇の可笑しいこと。豊かなコーヒーの香りが包み込む、人間臭い、ユーモラスな恋愛小説です。





三冊目は中勘助の『銀の匙』。紹介するまでもない名作中の名作です。明治から大正にかけて執筆された中勘助の自伝的小説は、元灘中学校教諭の橋本武さんの「『銀の匙』授業」などでも知られています。
主人公は、本棚の引き出しに入っている小箱の中の銀の匙をきっかけに、自身の幼年期を回想する、随筆のようにもおもえる作品で、そこに出てくる人物との思い出が丁寧に生き生きと描かれています。伯母さんとの関係を軸に話が展開してゆくのですが、仕事の合間に読んでいた私はだんだん喉の奥のほうがエグくなってきて、こぼれそうになる涙をどうにか我慢するがために仕事どころではなくなってしまいました。
この作品はとても優しい言葉で書かれています。そして、「悲しい」だとか「嬉しい」だとかではなく、その時の人の表情や周りの様子を繊細に丁寧に描いているからこそ、美しいのだと思います。読めばきっと、四王天の伯母さんと戦ごっこをしたような、お蕙ちゃんと一緒にお手玉をして遊んだような、そんな気持ちがするとおもいます。





四冊目はフットボール本。BBCの報道記者であり各紙でフットボール担当記者も務めたDouglas Beattieの著書『英国のダービーマッチ』。序文には『サッカーの敵』(白水社)の著者であるフットボールジャーナリストSimon Kuper、帯には日本のフットボール実況における第一人者「クラッキー」こと倉敷保雄。これを見ただけでもフットボールファンであれば手に取ること間違いなしでしょう。
本書はフットボールの醍醐味の一つである「ダービー」を様々な視点から深く深く掘り下げることで、その歴史、現在、ライヴァリティ、フットボールのあり方などを教え、考えさせてくれます。全八都市をめぐるダービー取材はシェフィールドに始まり、バーミンガムやリヴァプール、エジンバラを経てタイン・アンド・ウェアまで至ります。ひとつの街のふたつのクラブの物語。愛と憎悪の歴史。
この本はフットボール本の中でも内容がかなり込み入っているので、より一段階フットボールの世界に踏み込んでみたい方におすすめします。また、イギリスに興味のある方にもおすすめします。フットボールを知らずしてイギリスを知ることはできません。この本がより深い英国に対する理解につながることは間違いありません。





最後の一冊は向田邦子のエッセイ『父の詫び状』。今年の本第一位です。
「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「阿修羅のごとく」など、多くの人気テレビドラマの脚本を担当しテレビ放送初期から活躍した天才、向田邦子の初エッセイ集。
人間味あふれる昭和の家庭がとにかく見事に描かれています。かんしゃく持ちでいつも怒鳴り散らしていた父の姿とともに、肝心な時に失敗していしまう母、信心深い祖母、眠い目をこすりながら父のお供をさせられた姉弟たちが、豊かな視点でユーモラスにつづられていて、読むたびに読んでいるこちらの心から様々な感情がどこからともなくふわりふわりと湧き上がってくるようです。
留守番電をを備え付けた話などはほんとうに可笑しいのですが、作品全体を通してなにか言いしれぬ寂しさ、というか悲しさ、というかそういうものがあって、それがこの作品を傑作たらしめているのではないか、と思います。




あと数時間で年を越してしまう、こんな間際になってようやく書き上げた(書き上げたなんて、そんなたいそうなことじゃあありませんよねえ)今年新たに私の本棚に加わった本五冊、どれもこれも栄養満点です。来年はここにどのような本が並ぶのか、不思議なご縁を楽しみにしながら除夜の鐘を待ちたいと思います。

本年も、さして実のない本ブログにお立ち寄りくださりどうもありがとうございました。来年もまた、なかなか更新されずとも懲りずにお立ち寄りくださいませ。
それでは、よいお年を。